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家 族
このウェブサイトの中で一番見ていただきたいのは、留学生を含めた生徒たちのエッセイと、この家族からのメッセージです。日本語を実際勉強しているのは生徒たちですが、それを見守っているご家族の方々にはいろいろな思いや、願いがあります。
まだメッセージをいただいていませんが、親子で日本語を勉強しているというかたもいらっしゃいます。お子さんに影響されたという方もいらっしゃいますし、日系人の方で失った言葉をお子さんといっしょに取り戻そうとされていらっしゃる方もいらっしゃいます。
すべてのメッセージを読んでいただけたら、とてもうれしいです。
ジェームス・コナリー、クリス・コナリー
ビーバートンからみなさんへご挨拶もうしあげます。
私たちはJapanese1を取っている1年生の親です。私の息子は中学校の2年、3年でも日本語を取っていました。このことは今年大変役に立っています。私の息子は日本語の勉強を大変楽しんでいます(お気に入りの授業のようです)。ほかの教科の先生の話では、息子の書いている字は、日本語で書いてある方が英語で書いてあるよりきちんとしているそうです(先生達は日本語の読み方を知らないと思いますが)。私たちは、息子が日本語を勉強するという素晴らしい機会を得て大変喜んでいます。そして、BHSという高いレベルの場所で勉強できることも大変うれしいことです。息子は大学でコンピュータ関係かビジネスを専攻するとともに日本語の勉強を続けたいと思っているようです。私と夫は今スペイン語の勉強をしています。だから我が家では英語と日本語とスペイン語が同時に飛び交うことがあります。これは時々我が家にちょっとした混乱を起こしています。
私たちの家は典型的なアメリカの家庭だということができるかもしれません。私たちは映画や音楽、読書や旅行が大好きです。夫はインテルでコンピュータチップの設計に22年間携わってきました。夫はもっと旅行をしたり、スキューバーダイビングやシュノーケルをするために、早めの退職を希望しています。私は地元の小学校でESL(外国人生徒のための英語)のクラスを手伝っています。たくさんのいろいろな文化に触れたり、面白い人々との出会いがあるので、私はこの活動が大変気に入っています。教室にはメキシコなどの中南米、韓国、ベトナム、ロシア、日本から来た生徒がいます。勉強に遅れないよう、全員が英語で話したり、読んだり、書いたりできるようにすることは、かなり難しいチャレンジです。私たちの家には3匹のペットもいます。ツルサと、アベナシーという犬と、エンゾという大きな緑色のイグアナです。
私たちはまだ日本に旅行に行ったことがありませんが、近いうちに行けたらと考えています。美しい風景を見たりもっと日本の歴史のことを勉強したりしたいです。私たちは岩瀬先生をホストファミリーとして受け入れています。岩瀬先生は6月まで私たちの家にいるので、より多くのことを知ることができると思っています。そしてその間に、すしや鰻のようなものも体験するつもりです。
(訳 岩瀬)
由喜 マーシュ
うちの家族は11年前、横浜からこのオレゴン州ビーバートン市に引越してきました。子供達がそれぞれ14歳、7歳、5歳の時でした。三人とも日本生まれで、Mother
tongue (母国語)は文字通り母親、私の言葉、日本語で幼稚園は皆日本の幼稚園に通いました。でも、その後、インターナショナルスクールに入れたため、英語も不自由なく話せるようになり、更に渡米をしてからは信じられないような速さで英語を習得していきました。
子供にとって言語はコミュニケーションの手段です。必要があれば、そして日々耳にしていれば砂に水がしみ込むように吸収していきますが、逆に遠ざかってしまうとすぐに忘れてしまいます。それを防ぐために、下の二人を日本人学校(現地の補習校)に入れましたが、小学校三年の一学期が終わったところで、とうとうドロップアウトしてしまいました。日本の国語と算数を毎週(土)の9:00〜3:00までに集中して教え込むというハードなスケジュールで、宿題、テストのための勉強の量について行けなかったのです。とうとう土曜日の朝には腹痛を訴えるようになり「そこまでして無理に行かせても逆効果。日本語に再び興味をもったら高校や大学でやり直せば良い。」という主人の言葉で、私もあきらめましたが、やはりとても寂しい気持ちでした。「これで子供達は日本語を外国語としてしか理解できなくなってしまう。」と思ったからです。将来私が面白いと思った本などを読ませてその面白さを理解してもらうことは不可能でしょう。私が英語のジョーク等の面白さを完全に理解できないのと同じ様に。でも、主人の予想通り、下の二人はビーバートン高校で日本語をとりはじました。家では主人も日本語が話せるため、私もできるだけ日本語で話しかけますが、返事はどうしても本人にとって楽で表現しやすい、すなわち英語になってしまいます。
今では私も少し気楽に考えられるようになり、「日本語がわかるだけでも上出来だ。これで日本に一年でも住めばきっとまた小さいころのように話もできるようになるだろう。」と期待できるようになりました。それに何よりオフィスで毎日英語しか使えない私にとって、主人や子供達が日本語がわかってくれるというだけで、どんなに私にとって家がくつろいだものになっているか、改めて感謝している今日このごろです。
ヘンリー・カガワ
私の名前はヘンリー・カガワです。私は日系2世で、ポートランド地区で生まれ育ちました。私たちはこの国では「第二世代」にあたります。私の両親は1800年代の後期に日本の広島県から移民してきました。私の両親は農民で、私は農場で育ちましたが、私の高校生活は日本とアメリカが第二次世界大戦で戦いを始めたことによって中断されました。
当時アメリカ西海岸に住んでいた日本人は、全員住んでいたところから退去させられ、アイダホ、ワイオミング、コロラドといった内陸部に強制収容させられました。私たちは強引に退去させられ、自分で持てるだけの荷物しか手元に残すことができませんでした。その他の物は全て失い、返ってくることはありませんでした。
私はアイダホ州ミニドカの収容所の中で高校を卒業し、すぐにアメリカ陸軍に徴兵され、基本的な訓練の後、陸軍の通訳・翻訳要員養成学校に配属されました。そして日本兵を尋問しました。私は1945年の10月に日本に送られ、1946年の11月の帰米まで日本にいました。日本での経験は大変つらい物でした。私は心痛む、荒廃したあなたがたの両親の国を目にしたのです。あなたがその場にいたら、彼らを助けるために全力を注いだでしょう。
1979年に妻と日本を訪れたとき、私は我が目を疑いました。都市は再建され、復興に力を注いだ日本の人々への賛辞になっていました。私たちは1985年と1999年にも日本を訪れ滞在を楽しみました。
私の家族の誰かが外国語を勉強することは、とても素晴らしいことだと思います。特に日本語は祖先が使っていた言葉です。孫のマイケル・ナカシマダにとって、日本語を勉強する事ができるのはとても良いことだと考えています。孫は来年日本に行くかもしれないと言っています。もし実現したらとても素晴らしい経験になるでしょう。彼の希望が叶うことを願っています。
(訳 岩瀬)
日本語の勉強が家族に与えた影響
モーリン・ホワイト
息子が新入生の時日本語を選択して、夫と私は大変驚きました。私たちは二人とも高校と大学でフランス語を勉強し、彼の兄もフランス語を勉強していたからです。私たちはフランス語のことをよく知っていましたが、日本語や日本の文化についてはまったく経験がありませんでした。
最初、私は息子の宿題を手伝うことができずあまりいい気持ちがしませんでした。私自身は日本語をまったく読むことができないのです。話している言葉の音とまったく関連が無いように見える漢字を交えた日本語は、何か秘密の暗号のように見えました。しかし、やがて私は日本の言葉や文化を魅せられるようになってきました。
息子は親しみを込めた「こんにちは」や丁寧な「どうもありがとう」という挨拶を教えてくれました。私は「さようなら」が少し間を置く時の別れの挨拶だということや「はい」が「Yes」という意味であることを知っています。息子は毎日いろいろな言葉を教えてくれます。そして、すしや「トレーダージョー」という店で売っている抹茶味の餅を食べるようにもなりました。私はよく「宇和島屋」というスーパーマーケット(アジア各国の食料品や雑貨を売っています)に行っていろいろな雑貨を見たり、日本の麺類やかっぱえびせんを買ったりしています。
私の家では「もののけ姫」や「ルパン三世」のような日本の映画を見て楽しんでいます。ある夏、3週間ほどたかし君という日本人の生徒のホストファミリーをしたことさえもあります。彼は千葉にある家のことを話してくれました。たかし君はスクランブルエッグが好きで、チェスや「Capture
the flag」というゲームでどんな人でも倒すことができました。
息子の日本語への学問的追求は彼自身や私たち家族の経験を非常に豊かな物にしてくれています。
(訳 岩瀬)
生徒達へのメッセージもいただきました。
牧野ナオミ
皆さん、こんにちは。 私の名前は牧野ナオミです。 日本語部の生徒の牧野宏紀の母です。 以前に日本語部にボランティアーとして参加したことがあります。その時に大変驚いたのは、皆さんの日本語のレベルが非常に高いということです。たくさんの漢字を使ってレポートを書き上げて行くのを見て、毎日一生懸命勉強されているのがよくわかりました。
日本語は漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、アルファベットを駆使して使い分け、文章を構成していきます。特に漢字は、読み方も音、訓、両方あり、それ自体の意味に加えて、熟語や慣用句になると使い方や意味も自在に変化していきます。私はワードプロセッサーを使って文章を作る時、漢字の変換を自動にしてくれる為非常に便利な反面、最近時々漢字が読めても書けないという厄介なことになってきました。もう一つの問題は、それらしい漢字、または誤字でもそれらしければ間違いに気が付かないことが多いのです。たとえば、
自身→自信、少女→小女、漫画→慢画 等など。これは、私だけでは無く、日本全体の社会問題となっています。確かに文明の利器としてこんなに便利で重宝なものはありません。しかし、本来文章を書くのに大切な要素、それは自分で自在に漢字を使って書くということ。漢字の意味を充分理解した上で、初めて成り立つものだと思います。
ですから、皆さんも、たくさんの漢字を覚えるのは大変だと思いますが、日本語の勉強の第一の基本は、まず漢字一つ一つの意味をよく理解すること、これが一番大事なことだと思います。
皆さん、これからも尚一層、日本語の勉強に励んでください。
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